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大雪の日に出勤する人を、馬鹿にする人の心理

月曜は東京に雪が降って交通機関が麻痺したみたい。ちなみにストックホルムも雪だけど、北国なので雪の対策はしっかりしてる。

電車が動かなくて、駅に人が溢れてる写真がアップされて、「なんで出勤してるの?」とか「日本は〜」とかいう人がいる。そういう人ってアドラー心理学でいう「優越コンプレックス」になってるのだと思う。自分を実際の自分より、よく思われたいという欲求があり、そのために相手を下にすることにより相対的に自分を高める方法。

結局、優越コンプレックスを発揮しても、自分の心の中では自分の能力が上がった気がするけど、客観的に見れば全く能力を得ていない。社会も幸せにならないし、自分の能力も上がらないから結果マイナスになる。

交通機関が麻痺して人が数時間待たされるというのは、確かによくないことだけど、本当にそれが問題だと思ってるならもうちょっと違うアプローチがあるんじゃないかな。例えば直接ある会社に電話するとか。それなら社会が少し幸せになるけど、ただツイッターでつぶやくぐらいなら全く意味がない。

優越コンプレックスにならないためには、ありのままの自分を認識すること。次に、自分と他人の間には、優劣なんかないと認識すること。平坦な道を別々の方向に進んでいるような感じ。北に進んでいる人に「なんで東に行かないの」っていうのが無意味なように、人を馬鹿にすること自体が馬鹿らしく思えてくるよ。

[DE→PL]寒波の中 その1:ハンブルグへ到着

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欧州を陸路でつなぐ旅、2018年がスタートした。今回はドイツのハンブルグからポーランドのワルシャワまで。
まず、土曜日の早朝にストックホルムからハンブルグへ向かう。朝4時に起き、アーランダ空港に7時に到着した。搭乗まではスムーズに行き、乗客も少なく快適な旅になりそうだ。僕の席は、窓のない一番後ろの席だったが、愛想のいいCAが、窓のある席に移ってもよいと言ったので、前の方の席に座った。ここまでは順調だったのだが、搭乗が済んでも一向に出発する気配がない。30分後、機械のトラブルで出発が遅れると機内アナウンスが入った。今回の旅では、ハンブルグ空港へ到着してから一時間後に、ベルリンに向かうバスを予約してある。CAにいつ出発するのか聞くと、「もう問題は解決したからすぐ飛ぶよ」と言っていた。こういう時は、たいてい海外の人はポジティブな返答をするが、どうしても言葉は信用できない。案の定、一時間遅れで飛行機は離陸した。もしかすると、飛行機の速度をあげて、到着時間が早くなるのではと期待したが、そんなことはなく、ちょうど一時間遅れでハンブルグ空港に到着。この時点でバスはもう出発している。


格安航空会社は料金は安いのだが、機内サービスがほぼなく、飛行機が遅れる傾向がある。短いフライトなので機内サービスは全く必要ないのだが、飛行機が遅れると今回のように、無駄な出費をしてしまうことがあるので、必ずしも格安航空券が安いわけではないのである。「安物買いの銭失い」という言葉がぴったりである。


なぜ格安航空会社の飛行機が遅れる傾向にあるのかというと、到着してから次のフライトまでの時間が極端に短いからである。僕が乗った飛行機だと、飛行機が到着し、乗客が下りるとすぐに次の乗客を乗せ、離陸する。つまり前の便が一時間遅れると、次の便も一時間遅れで出発することになる。一日に何回も飛行しているので、遅れる可能性が高くなるのである。
ハンブルグ空港からメトロで中央駅まで向かう。ハンブルグには、ちょうど去年の今頃、コペンハーゲンから行ったことがある。街は無機質で暗いイメージだが、僕の中でハンブルグの印象がいいのは、食べ物が安くておいしいからである。ドイツ名物のソーセージもそうだが、移民が多いからなのか、5ユーロ程度でおいしいアジア料理などが食べることができる。今回も、中央駅でテイクアウトでチキンカレーを買った。4.9ユ…

サポートする側にはなりたくない

僕はクリエイターでありたいと思ってるんだけど、しょっちゅう挫折している。そのたびに他の職に就こうと思ってるんだけど、1番近いのは試薬を売る会社だったり、研究補助の会社だったり。でも、その職についた途端、嫌になるのはわかってる。やっぱり安定していても支える仕事より、不安定でも何かを創り出す仕事がいいな。

本格的に、場所に縛られない仕事ができる人になろう

「場所に縛られないで生きていく」というのが、僕のモットーの一つ。大学生の時からずっと思っていて、将来は数学者か小説家になろうと思っていた。今の職業は研究者で、世界中で雇ってもらえるということで僕のモットーは生きてるんだけど、それでも毎日研究所にはいかなければならないし、明日動こうと思っても動けない。そうじゃなくて世界中を放浪しながらカフェで小説とか書いて、編集者にファックスで送るとかいう生活がしたい。

かといって家で寝ていてもそんな職にありつけるわけではない。僕は漠然とそうなったらいいなと思いながら、全く行動してなかった。これからは本格的にそうなれる方法を探していこう。

寒波きた

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スウェーデンは完全に寒くなったよ〜。やっぱり寒いより暑いほうが好きだな。






不安定であることを前提にする。

僕の人生において、ずっとやり残していることがある。そのこと自体は言えないんだけど、それをやらない理由に「職が安定してないから」というのを言い訳にしていた。

しかし、僕のライフスタイルの基本は「不安定であれ。」なので、よく考えると永遠にそれは達成できないということがわかった。少し考えればわかることだったけど、自分でもなぜこれに気づいてなかったのだろうか。

世の中をよく見てみると、日本でも人生において何回か無職になる事は多々あることですそれでほとんどの人は生きていけるのだから、そこまで不安定なことを怖がる必要はないんじゃないかと思ってきた。モットーが不安定であることなのに、不安定を恐れていては何もできないではないか。僕の人生は安定することなんてないのだから不安定であることを前提に話を進めていかなければならない。

承認欲求と自己欲求を行き来する

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ヘーゲルの『精神現象学』の一部に書いてあったこと。

意識の成長段階は3段階に分かれる。
1.生死をかけた承認の戦い
2.自分だけの価値の追求
3.普遍性を求める意識の誕生。

まず一つ目の「生死をかけた承認の戦い」とは、とにかく他人に認められたいという欲求からくる行動。例えば学校で無駄に喧嘩して自分の存在を認めてもらうとか、スポーツで勝つとか。

その次の段階である「自分だけの価値の追求」では、一気に他人のことや競争に興味がなくなり、自分の好きなことだけ、つまりは自由を求めるようになる。
しかし、自由になると孤独になり、生きる意味さえも分からなくなる。そして次の段階である『普遍性を求める意識』が誕生する。これは、自分と他人、両方にとって価値のあることを追求するようになる。

例えば絵かきであれば、最初は親とか先生とかに褒められたいがために絵を描く。その次に、そんなのどうでもよくなり、自分が描きたいものを描くようになり、他人にも見せなくなる。そうなると、孤独になってきて今度はその絵をコンテストに出したりするようになる。もとに戻ったように感じるけど、後半は自分も他人も納得する絵ということで最初とは違う。

僕の今の状態はまさに②の後半の状態。もうSNSも全部やめて、他人ともなるべく交流しないようになり、仕事(研究)も自分ひとりでやってる感じ。

僕は今までの哲学者の言葉を少し勘違いしていたみたいだ。例えばサルトルの「人は自由の刑におかされている」と言うのは、まさに②の状態なんだけど、その状態を続ける勇気をもてということだと思っていた。アドラーの「全ての悩みは人間関係の悩みである」というのも、「だから他人と関わることはやめよう」ということだと思っていた。しかし、この二人も実はヘーゲルが言っていることと一緒で、「でも他人と関わらなければならない。その時に衝突するかもしれないがそれを受け入れる勇気を持て」ということなんだと思う。

でも、一筋縄には行かないで、僕が書いたこの図のように、承認欲求と自己欲求を行ったり来たりして、他人と自分が求める普遍的なものにたどり着いて行くんだろうな。



ともかく、今僕は自己欲求に傾きすぎているので、もうちょっと他人のことも考えていこうと思う。